はじめに
当美術館「屋根裏部屋の美術館」が所蔵する全和凰(チョン・ファファン)の作品「弥勒菩薩」、作品「麦秋」および作品「麦秋」 を紹介する。
作品「花」および作品「麦秋」に描かれている闇の世界は、心に感じた世界で、作品「ある日の夢−銃殺」(京都市美術館蔵)の題名にあるようなある日見た夢の世界が描かれている。その夢の世界とは、半覚醒状態で見た夢である。
全和凰(チョン・ファファン)
韓国の油彩画巨匠として、朴壽根、李仲燮、金煥基および李仁星らがいる。そして、彼らに続く画家として全和凰(チョン・ファファン)がいる。彼も韓国を代表する巨匠のひとりである。
彼は、多くの菩薩を描いた。その内容は「祈り」である。
心象風景をぼやけたタッチで描く画家には、精神的な問題を抱える人が多いと考える。全和凰の作品「弥勒菩薩」ははっきり描かれた作品であるが、同様のテーマでまるで意識が混沌としたなかで描かれてような作品が多くある。また、彼の作品には部屋に飾りたくないようなものも多くある。
「そのころ、日本の憲兵や警察の圧力はたいへんなものでまともな人間生活はできないような状態で、我々朝鮮人はいかに生きるべきか、この問題を解決しないでは絵を描けないと悩みました。」(全和凰 20歳頃)
26歳の時、西田天香の「懺悔の生活」を読んで出家、托鉢行脚の修行の途につき1939年、京都の一燈園に入園した。「当時の青年たちが誰もが体験した植民地政策のせいであったが、私は絵筆を捨てて一燈園に飛びこんだのです。」(全和凰)
闇の世界 作品「弥勒菩薩」(屋根裏部屋の美術館蔵)
作品解説
この絵画に描かれている青い丸いもの、それは穴である。その穴から光の世界が僅かに見えるのである。
彼は、ここに描かれている闇の世界に生きていた。そこは、絶望あるいは恐怖の世界である。そして、祈り続けたとき見たのは希望の世界の光である。そして、彼は闇の世界から抜け出たからである。
闇の世界 作品「花」(屋根裏部屋の美術館蔵)
作品解説
画家は、闇の世界で咲いている花を描いた。それは、画家が闇の世界に生きていたからである。
光の世界 作品「麦秋」(ギャラリー仁井谷取扱、屋根裏部屋の美術館蔵)
出品者(創業29年の美術商ギャラリー仁井谷)による作品紹介
師にあたる須田国太郎から美の深い世界を知った作家はそこに朝鮮民族の風土と歴史から独自の悲哀ある作風を描きました。
百済観音等の作品で知られる作家ですが、ここでは懐かしい民家を描いています。
麦秋の燃えるような深い色彩が見事で魅了されます。
幽玄的ですらある美しい風景には夢の中に出て来るような、いつか見たような懐かしさが思われて郷愁をそそられます。
作品解説
作品「弥勒菩薩」に描かれている「穴」から抜け出た世界を描いているのである。そこは、明るい世界である。作者にとっては、不安も恐怖もないこころ安らぐ世界を描いたのである。
闇の世界 作品「ある日の夢-銃殺」(1950年、京都市美術館蔵)
作品解説
この作品は、1919年に起きた3.1人民蜂起を題材にした作品である。
日帝は、平和的なデモ隊の弾圧に朝鮮駐屯羅南第19師団と竜山第20師団、憲兵、警察などを総動員しても足りず、本土から6個大隊の兵力と多くの憲 兵を投入した。これとともに、朝鮮に入り込んでいたすべての日本人に各種の凶器を与えて朝鮮人虐殺に駆り出した。
どれほど多くの朝鮮人が集団的に野獣の日帝に殺害されたのかわからない。 初歩的に総合した資料によると、3.1人民蜂起からたった数カ月で10余万人 の朝鮮人が死んだ。(朝鮮新報 2010.3.12)
作者不詳「解放」(仮題、good8508art取扱、屋根裏部屋の美術館蔵)
作品解説
この作者不詳「解放」は、日本から解放されたときの韓国風景が描かれている。当然、在日韓国人の作品である。
そして、混濁した意識化で描かれた作品である。私ならこの作品の題名を、「ある日の夢−解放」とする。
作者不詳「平和」(仮題、good8508art取扱、屋根裏部屋の美術館蔵、Adobe photoshopによる自動色調補正有り)
作品解説
この作者不詳「平和」は、作者不詳「解放」と同じ作者のものと考える。作品「解放」の題名を、「ある日の夢−解放」とするなら、この作品の題名は、「夢の続き」とする。
ある日の夢
……この火の火薬をかついで、一体どこへ行けばいいんだろう。いつまで歩けばいいんだろう。……おそろしい。この重荷は誰が僕に背負わせたんだ?いま歩いている山や道は郷里に違いないが、誰を殺すために僕が運ばなければならないんだ。……ああいやだ!死んでもいやだ!いやだァいやだァ!和一は死にものぐるいで、叫んだ。
叫んでも声はなく、不思議だった。
もしかしたら、今が夢かもしれないと思った。そう思いながら自分のひざをつねってみたが、ひざの感覚はあった。
ああ、なんと美しい夜だろう。こんなに星が美しく、壮観に見えるものも生まれてはじめてであった。これが朝鮮の空であるようだ。……
和一の、こういう病的な幻覚の時間が数時間であったのか、サイレンの音でやっと意識がよみがえり、顔には汗がにじんでいた。
これが、全和凰の体験をもとにして書かれた「不二白道」(全和凰著、成甲書房)にある彼の幻覚の体験である。
また、これが「ある日の夢」でもあり、彼の作品のもととなるものである。
なお、作品「弥勒菩薩」は、しっかりした意識化のもとで描かれたものである。
そして、作品「麦秋」は「ああ、なんと美しい夜だろう。こんなに星が美しく、壮観に見えるものも生まれてはじめてであった。これが朝鮮の空であるようだ。……」と同質のものである。
終わりに
この作品「弥勒菩薩」は、単に仏像を描いたものではない。そこには「祈り」が描かれている。そして、この阿弥陀如来の美しさは浄化された作者の心が描かれている。
また、彼の描いた上記作品はすべて心象絵画である。これは、夢のなかで見るような風景、混濁した意識下での風景である。それは、混沌とした意識下で描かれたものである。
履歴
全和凰(チョン・ファファン) 1909-1994
1909年 朝鮮平安南道安州に生まれる。
1929年 朝鮮美術展覧会に入選する。
1933年 西田天香の一燈園に入園。
1948年 行動美術賞を受賞。
1945年 須田国太郎に師事。
1949年 行動展(-1995)
1953年 在日朝鮮美術会結成に参加。関西支部長。
1977年 パリ ル・サロン展
1982年 全和凰画業50年展(東京、京都、ソウル、大邱、光州)
1994年 死去。
西田天香(1872〜1968)
大正から昭和にかけての宗教思想家。
「無所有・奉仕」生活の実践を行い、大正2年(1913)には、京都東郊の鹿ヶ谷に「一燈園」という修養道場を建設し、彼を慕ってやってる弟子達を指導した。
主な収蔵美術館
ソウル国立現代美術館
光州市立美術館