屋根裏部屋の美術館

闇と光の世界


 初めに


 当美術館「屋根裏部屋の美術館」が所蔵する緑川廣太郎、全和凰(チョン・ファファン)、古沢岩美、村上肥出夫、古沢岩美、萬鐵五郎等の作品を取り上げながら、幻想的な絵画がどのように作られたかを紹介する。
 彼等は、幻想的な「光の世界」も描いたが、また非常に暗い「闇の世界」も描いた。この「光の世界」および「闇の世界」は彼等が実際に見たから描けたのである。

 (とんでもない解説だ。芸術というものを理解していないのだろうか?)


 「幻視・幻聴、闇・闇から出てきたときに見る光のまぶしさ、極彩色、プリズムを通して見えるような色彩感覚、それらは脳内神経伝達物質の伝達異常であり、それは精神の異常から起きる」と「精神分析的絵画論」で述べた。
 この「闇の世界」および「光の世界」について詳しく述べる。

 闇の世界と光の世界
 
 「闇の世界」とか「光の世界」というと、心を表現したものと思われるかも知れない。
 しかし、それを実際に見る人がいることは確かである。
 精神を患った人のものの見え方に「太陽の光に私の目は瞬き、暗闇から開放された。私にはとてもはっきりと光がみえる」(「精神病とともに生きる」著者:ビクトリア E モルタ 訳者:林建郎 星和書店)というのがあある。
 これは、精神を患った人が実際に「闇の世界」と「光の世界」を見たからである。
 また、巨匠林武は「美に生きる 私の体験的絵画論」(林武 講談社)で、彼が幻覚と幻聴を体験した当時、光が非常にまぶしく見えたと書いてある。


 闇の世界

 精神疾患のひとつに解離性障害というものがあり、その解離性障害の一種に離人症というものがある。そして、離人症を患っている人は、「闇の世界」を見ている。

 まず初めに、精神疾患のひとつである統合失調症の主症状であるの妄想、幻聴について述べる。
 統合失調症患者の周りの人々が悪口を言っているのではないかという妄想は、その人がそのように感じているものである。その「感じる」が、高じると悪口が「幻聴」となって現れる。この幻聴は、実際に聞こえているものなのである。つまり統合失調症患者には、「悪口を言っているように感じる≒悪口が聞こえる」である。これは、脳にトラブルがあるから起きるのである。

 次に、離人症の症状について述べる。

 離人症の症状に、「自己に関する知覚あるいは体験の変容、その結果自分自身の現実についての感じが一時的に失われるか変化する。自分の手足の大きさが違って感じられたり、自分が機械仕掛けのように感じられたり、まるで闇の中にいるように感じたりする」というものがある。(精神疾患の診断基準であるDSM−Vより)
 また、離人症について調べると、「なかには、ものが大きく見える(大視症)、小さく見える(小視症)、ゆがんで見える、遠くに見える、生々しく見える、かすんで見える、など多彩である。患者の陳述によっては幻視に近いものもある」とあります。
 この二つの説明で、やや異なった表現がある。片方には「感じる」と書かれていて、もう一方には「見える」とある。これは、「感じる」および「見える」と言うものは脳の働きによるもので、脳にトラブルがある彼らには、「暗く感じる≒暗く見える」なのである。

 また、この離人症にみられる症状は、双極性障害や統合失調症でも同様にある。つまり、解離性障害、双極性障害および統合失調症の患者は、闇の中にいるように感じ、また闇の中にいるように見えるのである。
 

 光の世界・・・臨死体験

 「闇の世界」を感じる人ががいれば、反対に「光の世界」を感じる人もいる。

 「闇の世界」を感じる人は精神に問題がある人だからである。精神に問題があると言うことは、脳内神経伝達物質の伝達系に問題があると言うことである。つまり、その問題とは脳内神経伝達物質の見かけ的な量の多い・少ないである。見かけ的な量の中間が問題のない量である。
 そして、精神に問題がある人は、往々にして見かけ的な量が多かったり少なかったりするのである。
 つまり、「闇の世界」を感じる人は「光の世界」を感じることもある。

 また、「臨死体験」というものがある。
 オランダの心臓病専門家ピム・ヴァン・ロメール(Pim Van Lommel)医師は、心臓疾患で一時ショックに陥った状態から蘇生された患者344例を対象に調査した結果、患者の18%にあたる62人に臨死体験があったと言っている。
 臨死体験の経験者は、「ポジティブな感情」(35人)、「死ぬのを意識した」(31人)、「死んだ人に会った」(20人)、「トンネルの中を移動」(19人)、「天上の景色を見た」(18人)、「体外離脱体験」(15 人)、「光とコミュニケートした」(14人)、「色を見た」(14人)などと言っている。

 そして、「闇の世界」、「歪んだ世界」および「かすんだ世界」を描いた画家は、「幻視」、「光の世界」および臨死体験での「恍惚の世界(天上の世界)」を描いている。

 また、それらの絵画を描いた画家達の履歴を調べると、問題があるものがある。


 「闇の世界」、「歪んだ世界」、「かすんだ世界」、「幻視」、「光の世界」、「恍惚の世界」などを描いた画家達

 画家のなかには、心象(意識に浮んだ姿や像)を描く画家がいる。これは、芸術にとって非常に重要なことである。心像とは、現実に存在するものではなく、起きている状態で意図的に浮かび上がるものである。しかしなかには、心象の世界にどっぷり浸かったような画家もいる。
 その彼らに共通する特徴は、「闇の世界」と「光の世界」を描いているのである。
 たとえば、緑川廣太郎、全和凰(チョン・ファファン)、古沢岩美、村上肥出夫および萬鐵五郎は「闇の世界」、「歪んだ世界」、「かすんだ世界」、「幻視」、「光の世界」、「恍惚の世界」を描いている。

 彼等を調べますと、精神的な問題も見られる。
 精神的な問題は、奇行、放浪、社会的孤立、長期的苦悩、精神に問題が起きたなどと書かれた履歴から分かる。また、性格、顔、および筆跡からも分かる。


 それでは、彼らの「闇の世界」、「歪んだ世界」、「かすんだ世界」、「幻視」、「光の世界」、「恍惚の世界」などを描いた絵画をご紹介いたします。


 依岡慶樹

 本人の記述からは、病気により鬱病が起きたときがあったようである。

 かすんだ世界 「裸の群像」(パステル 屋根裏部屋の美術館所蔵)



 かすんだ世界 「湖畔」 (パステル 屋根裏部屋の美術館所蔵)



 この絵画の制作年代は特定出来ませんが、作品「時」(1977年制作)には、画家の同じような心情と思われるものが記載されています。
 「時」(1977):「胆嚢摘出手術を受けて、退院後間も無くこの大作は出来ました。全体に何とも云えぬ無言の悲痛な思いと、未来への不安が流れています。」(依岡慶樹)

 光の世界 「夢を見る女」 (エッチング 屋根裏部屋の美術館所蔵)



 この絵画と同じように明るい作品「華麗なる夕べ」および「夕映え」をインターネットのホームページで見つけた。そこには、そのときの心情が記載されていた。
 「華麗なる夕べ」(1980):「背景になった風景は,北海道濤沸湖畔のスケッチに依って、題名の如く生の喜びを賛歌したものです。健康回復と共に、生に対する確信も次第に強くなり、喜びを込めて描いたと記憶します。」(依岡慶樹)
 「夕映え」(1980):「同じ構成の一連の図が何点か出来ました。その頃の私自身の心象風景と云えるかも知れません。胸にわだかまる熱い思いが、爆発と云えば少し大袈裟ですが、或る一種の興奮状態があります。」(依岡慶樹)

 これらの作品から、作風には精神状態が大きく関与していることがわかる。
 これは、よく言われている「鬱状態から躁状態に変わるとき、ドーパミンが放出されすばらしい作品が生まれる」ということである。


 緑川廣太郎

 
緑川廣太郎の作品を、「純化された形象と悠久の詩魂」と評した美術評論家がいる。

 精神的な問題は、顔にも表れる。次が彼の自画像である。



 闇の世界 作品「水仙(清節凌寒図)」 (1953年 屋根裏部屋の美術館所蔵)



 恍惚、幻想的な光の世界 作品「菜の花」 (1943年 屋根裏部屋の美術館所蔵) 



 この作品「菜の花」は、まさに「純化された形象と悠久の詩魂」である。そして、これも「闇の世界」を見た人だから描けるのである。

 履歴

1904年  神奈川横浜に生まれる。
1917年  明治中学校に入学するが本郷研究所に通い中退。小島善太郎に師事。
1933年  独立展出品。
1940年  「黄土」「砂丘」が独立美術協会協会賞受賞。
1943年  第6回新文展特選。
1944年  戦時特別展無鑑査出品。
1949年  独立会員。
1966年  児島賞。
1968-69年 シルクロードを旅行。
1983年  逝去。



 全和凰(チョン・ファファン)

 全和凰(チョン・ファファン)は、韓国を代表する巨匠のひとりである。彼は、多くの菩薩を描いた。その内容は「祈り」である。 
 夢と題して、恐怖を描いている。彼は、本格的な精神修行をしていたが、逆説的にみると精神に問題があったことも考えらる。また、筆跡から性格が分かるが、彼の筆跡は独特のものである。



 闇の世界 作品「ある日の夢-銃殺」 (1950) (京都市美術館所蔵)



 彼の心を暗闇に閉じこめている原因のひとつには恐怖があったのだろうか。

 闇の世界から抜け出た後描いた作品 闇の世界「弥勒菩薩」 (屋根裏部屋の美術館所蔵)



 この絵画に描かれている青い丸いもの、それは穴である。その穴から光の世界が僅かに見えるのである。

 彼は、ここに描かれている闇の世界に生きていたのである。そこは、絶望あるいは恐怖の世界である。そして、祈り続けたとき見たのは希望の世界の光である。そして、彼は闇の世界から抜け出たのである。
この作品「弥勒菩薩」は、単に仏像を描いたものではない。「祈り」を描いたものだ。そして、この阿弥陀如来の美しさは浄化された作者の心を描いたものである。

 幻想的絵画 光の世界 作品「麦秋」 (屋根裏部屋の美術館所蔵)



 この作品は、作品「弥勒菩薩」に描かれている「穴」から抜け出た世界を描いたものである。そこは、非常に明るい世界である。作者にとっては、不安も恐怖もないこころ安らぐ世界を描いたのである。

 彼の描いた上記作品はすべて心象絵画である。夢のなかで見るような風景、混濁した意識下での風景である。

 履歴

1909年  朝鮮平安南道安州に生まれる。
1929年  朝鮮美術展覧会に入選する。
1939年  渡日
1945年  須田国太郎に師事。
1949年  行動展(〜1995)
1953年  在日朝鮮美術会結成に参加。関西支部長。
1951年  行動美術賞を受賞。
1977年  パリ ル サロン展
1982年  全和凰画業50年展(東京、京都、ソウル、大邱、光州)
1994年  死去。



  村上肥出夫 むらかみひでお (1986〜    ) 

 川端康成氏が生前「心力と勇気を私に伝える絵」と絶賛した放浪の画家。
 「ゴッホの再来」、「画壇のシンデレラボーイ」、「放浪の天才画家」、「色の魔術師」等と評された。1997年、自宅アトリエが全焼し、翌年再び居間が焼けるという災厄にあい、精神を病んで入院し画壇から姿を消した
 彼の自書「パリの舗道で」には、「・・・進駐軍のいる間は、東京での放浪時代で一番楽しく、苦しみを知らない、安易な生活だったように思われます。でも、それはその後に来るべき極度に不安な状態までの束の間に体験といったものでしたけれど・・・・。」と言う記述がある。
 対人恐怖症は社会不安障害(SAD)という精神疾患の一種である。脳内にあるセレトニンという神経伝達物質の伝達系の異常により起こる。

 ここに取り上げる3枚の作品には、彼の問題となる精神状態が見られる。
 作品「荒川風景」(仮題)には、精神に問題がある人に見られる色彩の異常がある。褐色のフィルターを通して、彼は世間と接していたのである。

 褐色のフィルターを通してみた景色 闇の世界 作品「荒川風景」 (仮題 屋根裏部屋の美術館所蔵)



 川に船が見えるが、褐色のフィルターを通して見ているようである。
 絵画への取り組みが書かれた一文がある。「自分を慰め、自分の心をおちつかせるためのものとして、あきらめのような気持ちで、もくもくと絵を描いていたのです。」

 幻想的絵画 光の世界 作品「ムーランルージュ」 (所有者不詳)



 履歴

1933年 岐阜県に生まれる。
「百姓の子が絵かきなんて」と、周囲の嘲笑を浴び続けた青年時代を過ぎ、上京。
1961年 放浪生活中に兜屋画廊主人の西川武朗氏と知り合い交友が始まる。
1963年 主にパリに住んで絵画制作をする。
1975年 「村上君は時には詩を書く、時には天才的なデッサンを描く。そして何を考えて生きているんだか、私には見当が付かない。一種の出来損ないであるのか、それとも天使のような人間であるのか、とにかくつきあいにくい。しかし笑った顔は意外に純真である。そして作品はこの上もなく強烈 である。」 (石川達三)
1997年、自宅アトリエが全焼。
1998年 再び居間が焼けるという災厄にあい、精神を病んで入院


 古沢岩美

 日本のシュールレアリスムの先駆者として有名。

 オリーブの茂る暗い木立の奥に、古い農家の納屋を改造した天井の高いアトリエがある。作者、古沢岩美は板橋区前野町のこのアトリエに移り住んで40年以上にもなる。
 「蟄居(ちっきょ)ですよ。私はほとんど家から出ません。
 この言葉から、画家の生活がアトリエ中心であることがうかがえる。(「板橋区美術館 ねっとび」より)


 精神に問題がある人は、よく社会的孤立をする。

 
幻視に近いものを描いた作品 闇の世界 作品「夜の花」 (板橋美術館所蔵)



 幻視に近いものを描いた作品 闇の世界 作品「変貌」 (1992年) (所有者不詳)




 萬鐵五郎

 履歴には「 1907年(明治40年 22歳)東京美術学校西洋画科に入学。予備科修了試験合格者28人中、首位の成績であった。在学中、しばしば級長を務める真面目な反面、奇行が多く伝えられる。 1926年(大正15年昭和元年 41歳)前年暮れより病床にあった長女登美(享年16歳)が膀胱結核のため死去。萬は非常に落胆し、このころから精神的にかなり疲労する」とある。

 精神的問題は、顔に表れる。



 歪んだ世界 作品「木の間から見下ろした町」



 光の世界 「夕日の砂丘」




 作者不詳 光の世界 「希望に向かって」 (屋根裏部屋の美術館所蔵)

 作者不詳であるが、この光の世界を描ける人は暗闇の世界を見た人と考える。






 離人症の原因

 「幻聴・不安の心理療法」(黒川昭登、上田三枝子共著 朱鷺書房)には、「統合失調症は、遺伝、素質的要因よりも社会心理学的要因によって起こるが、『家族』は、最も大きな原因である」とある。
 離人症の症状は、統合失調症、双極性障害等にも見るられ。
 この離人症の症状「誰かに操られている」の原因と結果が描かれている絵画があるので紹介する。

 Junko「少女」 (屋根裏部屋の美術館所蔵)



 
Junko「めぐるしの日」 (所有者不詳)

  


 「統合失調症および離人症は、幼少期の問題がある親子関係が原因」(「幻聴・不安の心理療法」黒川昭登、上田三枝子共著 朱鷺書房)とも言われている。
 ただし、統合失調症は遺伝的要因がなければ起きないとも言われている。

 この2作品の作者Junkoは、西日本美術展(福岡県)で福岡市教育委員長賞を授賞した方である。
 作品「少女」には、作者の小児期における孤独が描かれている。豊かな家庭環境ではあるが、孤独である。また、作品「めぐるしの日」には、「自分自身ではない別の人の様な感覚」が描かれている。この2作品には、離人症の原因と結果が描かれている。

 作品「少女」に描かれている少女の着物は帯がほどけている。そして赤い椿の花が散っている。単に孤独だけだったのだろうか。フロイトはヒステリー(現在は解離性障害に分類)の原因に幼少期の性的虐待(性的いたずら)をあげている。


 国吉康雄 「禁じられた果物」 (1950年)



 国吉康雄 
「カーニバル」 (1949年)



 国吉康雄の2作品も同様に、「幼少期の問題」と離人症の患者に見られる「自分自身ではない別の人の様な感覚」が描かれている。


 終わりに

 
「闇の世界」、「歪んだ世界」および「かすんだ世界」を描いた画家は、「光の世界」および臨死体験での「恍惚の世界(天上の世界)」を描いている。 と言うことが、絵画を分類していて分かったことです。
 それとは別に、彼等の履歴等を調べたら精神に問題があるということが分かったのです。
 その後、精神疾患の分類にある離人症を調べたら、ちょうどその症状が彼等の作品に表れたものと合致した。

 それは、彼等の精神に問題があったというないでしことである。  

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